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汎用ヒト型決戦遊具はじめました。
『恋はデジャ・ブ』
2009年06月28日 (日) | 編集 |

コーヒーを淹れるロボットというのが少し前に話題になったそうです。
サイズ感&トルクがすごいです。
豆ひきのハンドルを上から押し込んでいますが、なぜ浮いてしまわないのか、素人目には謎であります。なにかからくりがあるのでしょうか。
頓挫していた手元のロボットも続きを作ろうかという気持ちにさせられました。



毎度のことなのですが、作る作ると言っておきつつ、CHPをさわれていません。
CHPから派生して始めた数学やらロボット作りで人生のプチやり直しに目覚めてしまい、
最近では百人一首の暗記に挑戦し、ただそらんじるだけならばほぼ完成に近づいております。



物理的な「死」や「不治の病」、「けが」というのはなかなか難しいですが、
それ以外のことに関しては、だいたい、完全な形ではないにしろ、
それなりにやり直しが効いてしまうということに気づいたのであります。
現実は確かに一つであり、昨日の昼に食べたソバをやめて昨日の昼にカレーを食べ直すということはできません。が、明日の昼にカレーを食べることなら可能なのであります。
プロ野球をみても、今年がだめならまた来年、というのが普通であります。
「人生はゲームのようにリセットはできない」とはよく言われそうな言葉ですが、
クリティカルな問題以外は、程度の差こそあれ、実はかなりリセットできるわけであります。



というわけで、エヴァンゲリオンの最新作を観ました。
たしかに、マルチエンディングのゲームを楽しむように、
作家側が何度でも自由に物語りを作り直してしまうという割り切りは、
いかにも現代風であり、そういうフォーマットに自分も世間もしっかりなじみ、定着してしまっているというのも、また現代風だなと思います。



ぐるぐると円のような物語の輪廻から、
ぴゅっと円の外へ解脱するためのきっかけ探し。
殻を打ち破ろうという主人公たちのポジティブな心の動きは、
「イコ」や「ワンダと巨像」の読後感と強くオーバーラップしました。
この設定のこの世界の結末は、制作者のさじ加減一つ。
もし新作のエヴァンゲリオンの結末が残念なものであったとしても、
『恋はデジャ・ブ』や『ラン・ローラ・ラン』の主人公たちが解脱したように、
最高の大団円(パーフェクトクリア)目指して、
何度でも作り直し続けてほしいな~と願います。

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びくびく世界
2009年06月15日 (月) | 編集 |

次の2ch大会があるようですが、
週明けの経済のうごきが少し怖いのでそちらをウォッチングしておきます。

本当のピンチの時には、隣人といかに協力できるかがものすごく大事、とは思うのですが、その準備もとくになく、いざというときにぶっつけ本番というのもスリリングであります。
株価が下がろうが給料が減ろうが命があればなんとかなるのですが、食料の供給ストップという事態が一番びびりますよね。
どうせお金がパーになるなら、キノコメーカーの株でも買っておこうかしら。

・・・こういうことを書くのは、書くとだいたい何も起こらず、無事に過ごせるからであります。